ガイドの判断ミス
事故から1週間後、北海道警察と観光庁による合同調査が開始されました。
最も注目されたのは、悪天候下での出発を決断した多田ガイドの判断です。
「天気予報では午後から回復の予報でした。過去の経験からも、何とかなると思ったんです」
調査に対する多田ガイドの証言は、多くの専門家から厳しい批判を受けました。
気象予報士の分析によると、7月16日の天候は前日の夜の時点で相当な悪化が予想されており、出発を見送るべき条件だったのです。
さらに問題となったのは、参加者の装備チェックの甘さでした。
事故後の調査で、犠牲者の多くが綿製品を着用していたことが判明しました。綿は濡れると保温性を失い、低体温症を引き起こしやすい素材です。
「綿製品の危険性について、十分な説明をしていませんでした」
川角ガイドも自分の指導不足を認めました。
ツアー参加者への事前説明では、装備リストを渡すだけで、なぜその装備が必要なのかまでは詳しく説明していませんでした。
また、引き返し判断の遅れも致命的でした。
化雲岳の時点で既に複数の参加者に低体温症の初期症状が現れていたにも関わらず、山頂を目指し続けたのです。
「お客様を楽しませたい、予定を完遂したいという思いが、冷静な判断を鈍らせました」
多田ガイドの証言からは、商業登山ガイド特有のジレンマが見えてきます。
安全を最優先にすべきことは分かっていても、顧客満足度や会社の方針とのバランスを取ることの難しさです。
参加者の準備不足
一方で、参加者側の問題も指摘されました。
多くの参加者が北海道の山の特殊性を理解していなかったのです。
「7月だから大丈夫だと思っていました」
生存者の一人はこのように証言しています。
北海道の高山は、本州の3000メートル級に匹敵する厳しい環境を持ちますが、それを理解していない参加者が多かったのです。
装備面でも、レインウェアの性能が不十分だった人、登山靴の防水性に問題があった人など、基本装備に不備がありました。中高年登山者の多くは経験豊富でしたが、その経験が北海道の山では通用しないケースもあったのです。
また、自分の体力を過信していた面もありました。
普段は日帰り登山が中心で、2泊3日の縦走は体力的に無理があった参加者もいたことです。
「年齢相応の登山プランを選ぶべきでした」
遺族の一人は、このように悔やんでいます。
中高年登山ブームの中で、自分の能力を客観視することの重要性が改めて問われました。
旅行会社の責任
最も厳しい追及を受けたのは、ツアーを企画・実施したアミューズトラベルです。
同社の安全管理体制には、多くの問題があることが判明しました。
まず、ガイドの教育・訓練体制が不十分なことです。
低体温症への対処法、悪天候時の判断基準・緊急時の連絡体制など。
基本的な安全管理について明確なマニュアルが存在していませんでした。
「利益を優先し、安全への投資を怠っていました」
同社幹部の証言は、業界全体の構造的問題を浮き彫りにします。
登山ツアー業界は競争が激しく、安全対策にコストをかけると料金が高くなり、顧客を失う恐れがありました。
天候判断の最終権限が曖昧だったことも問題でした。
現場のガイドに判断を委ねるのか、会社が決定するのか、明確な基準がありません。
「悪天候でも、お客様から苦情が来るのを恐れて、無理に実行してしまう傾向がありました」
この証言は、商業登山ツアーの根本的な矛盾を示しています。
安全を最優先にすると顧客満足度が下がり、顧客満足度を優先すると安全性が犠牲になるという構造的問題です。
さらに、緊急時の対応体制も不備でした。
事故発生時の連絡網、救助要請の手順、保険の適用範囲など、万が一の場合の準備が不十分だったのです。
「まさかこんな事故が起こるとは思いませんでした」
同社社長の弁明は、危機管理意識の低さを露呈しました。
山という不確定要素の多い環境で事業を行う以上、最悪の事態を想定した準備が必要だったのです。
調査は半年以上にわたって続けられ、その結果は登山ツアー業界全体の安全基準見直しにつながることになります。
8名の犠牲者の死を無駄にしないため、業界全体での根本的な改革が求められました。

