トムラウシ山頂(2141m)
山頂標識の前に立つことさえ困難な状況でした。風速35メートルの突風は、体重60キロの人間を簡単に吹き飛ばしてしまいます。参加者たちは岩陰に身を寄せ合い、必死に風を避けようとしています。
「こんなはずでは…」
植原さんが震え声でつぶやきます。彼の唇は紫色に変わり、手の震えが止まりません。明らかに中度の低体温症の症状でした。体温が35度以下に下がり、体の中心部を守ろうとして末梢血管が収縮している状態です。
さらに深刻だったのは真鍋さんでした。意識は朦朧とし、「暖かい、暖かい」と言い始めていました。これは低体温症の末期症状「矛盾脱衣」の前兆で、体温調節機能が完全に破綻している証拠でした。
「皆さん、すぐに下山します。ここにいては全員危険です」
多田ガイドが叫びますが、その声も風に消されてしまいます。3人のガイドは必死に状況を整理しようとしましたが、21名のパーティーをこの悪条件下で統制するのは不可能に近い状態でした。
川角ガイドが携帯電話で救助要請を試みます。しかし、電波状況は不安定で、なかなか通じません。ようやく繋がった110番通報で、「トムラウシ山頂、低体温症の疑い、複数名」と緊急事態を伝えました。
しかし、この天候では即座の救助は困難でした。風速30メートルを超える状況では、ヘリコプターの飛行は不可能です。
下山開始と続く悲劇
午後1時過ぎ、一行は前トム平への下山を開始しました。しかし、それは地獄への下り道でした。
歩き始めてわずか10分、最初の悲劇が起こりました。植原さんが突然足を止め、その場に倒れ込んだのです。
「植原さん!植原さん!」
松本ガイドが駆け寄りますが、反応がありません。意識を失い、呼吸も浅くなっています。
すぐに心肺蘇生を開始しましたが、体温が30度以下まで下がった重度の低体温症では、心臓も正常に機能しなくなります。
「だめだ…心停止している」
15分間の懸命な蘇生努力も虚しく、植原さんは帰らぬ人となりました。
61歳、定年退職後の楽しみとして登山を続けていた男性の、あまりにも無念な最期でした。
この時点で、多田ガイドは重大な決断を迫られました。
全員で遺体を運ぶのは不可能、かといって放置するわけにもいかない。結局、GPSで位置を記録し、後で収容することとして、生存者の救助を優先することにしました。
悲劇はこれで終わりませんでした。真鍋さんも意識が混濁し、「家に帰りたい、家に帰りたい」と同じ言葉を繰り返すだけになっていました。体温が32度まで下がり、もはや自力歩行は困難な状態です。
「みんな、頑張って!もう少しで風から逃れられる!」
川角ガイドが励ましますが、参加者の体力は完全に限界を超えていました。68歳の戸田さんは歩行がふらつき、54歳の女性参加者、前田さんも「足が動かない」と座り込んでしまいました。
救助要請と分散行動
午後2時、多田ガイドは苦渋の決断をしました。体力のある参加者は自力下山を試み、動けない参加者は現場で救助を待つという分散行動です。
「申し訳ありません。皆さんを一緒に連れて行けません」
涙ながらの謝罪でしたが、これ以上全員で行動を続ければ、全員が遭難する可能性があります。
自力下山組には比較的体力のある男性参加者5名と川角ガイドが同行しました。残る13名は多田ガイドと松本ガイドが現場で救助を待ちます。
しかし、この判断も結果的には悲劇を拡大させることになります。
分散することで、お互いの安全確認ができなくなり、救助活動も複雑になったからです。
現場に留まった参加者たちの状況は、刻一刻と悪化していました。
真鍋さんに続き、64歳の男性参加者、岡さんも意識を失いました。彼もまた、重度の低体温症による心停止でした。
「岡さん!岡さん!」
必死の呼びかけも虚しく、2人目の犠牲者が出てしまいました。
岡さんは毎年のように北アルプスに登る経験豊富な登山者でしたが、北海道の厳しさの前には経験も役に立ちませんでした。
午後3時を過ぎ、天候に僅かな回復の兆しが見えます。
雲が少し薄くなり、風もやや弱くなってきました。しかし、それは遅すぎた変化でした。
現場では戸田さんも危険な状態になっていました。
「寒い、寒い」と震え続け、体温は測定不能なレベルまで下がっています。多田ガイドと松本ガイドは、残された参加者をツェルトで包み、体温保持に努めましたが、医療設備のない山中では限界がありました。
一方、自力下山を試みたグループも順調ではありません。前田さんが途中で動けなくなり、川角ガイドが付き添うことになりました。登山道は増水した沢で寸断され、予定されたコースでの下山は困難を極めます。
午後4時、ようやく道警のヘリコプターがトムラウシ山上空に姿を現しました。しかし、強風のため接近は危険で、すぐには救助に入れません。地上からの救助隊の到着も、この悪天候では夕方以降になる見込みでした。
山頂付近に取り残された人々にとって、救助までの時間は永遠のように感じられたでしょう。
そして、その間にも低体温症の魔の手は、容赦なく次の犠牲者を狙っていました。

